第198話

 大人たちは徐々に濃くなってくる煙に不安を唱えつつも、結局は、

「どこへ行っても同じだよ……」

 と待機に応じる人がほとんどだった。

 泣き出す人もいた。何故こんな目に遭わなければならないのかと嘆く人がいる一方で「ついにこの日が来てしまった……」と諦めている人もいる。そのため火の勢いが強くなっても、パニックから暴力的な事態へと発展することがなかったのは幸いだったかもしれない。

 寺子屋は敷地全体が耐火性に優れた造りのため、とりあえず火の手を免れている。

 安治と琥太朗は職員のアソウギに声をかけられ、座敷に上がって汚れた服を着替えさせてもらった。

「この服、捨ててもよろしいですか?」

 安治が脱いだ服を二本の手で広げたアソウギは、気遣わしげに訊いてきた。

 アソウギは研究所産で、腕が三対六本と顔が前後に二つある大柄な女性である。見た目は三〇歳ほどだが実際の年齢はわからない。献身的な性格で、昔から子どもたちの良き世話係として親しまれてきた。

 顔が両方向にあることでやんちゃな子どもたちを広範囲に見守ることができ、また多臂たひで同時に複数の子どもの相手ができるのは、寺子屋にはうってつけの人材と言えよう。

 加えて、子どもたちにモンスター役を頼まれても嫌な顔一つしたことがなかった。

 ちなみにアソウギは身体の前側にある顔の名前で、背面のはゴウガシャという。正式な名前はアソウギ・ゴウガシャだが、そう呼ぶ者は少ない。

 安治は刺された際に穴が開いたシャツを見て、迷わず捨てると答えた。当然のことながら血塗れだ。


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