第195話

 水が出る消火栓を求めて駆け出す人が現れる一方で、多くの人は空を――天井を見上げた。こういうとき、天井からは雨が降ると決まっている。天候を制御しているのは研究所で、状況に応じて操作してくれるのだ。

 しかし空はいつまで経ってもきれいな夕焼けのままだった。

「あッ」

 琥太朗が走り出したのに気づいて、慌てて後を追う。自分の家に向かっているようだ。

 角をいくつか曲がって辿り着いたとき、安治は絶望を覚えた。小さな二階建ての家は丸ごと炎に包まれていたのだ。

「サラ! ジョージ!」

 隙間から勢いよく煙が吹き出しているドアに駆け寄る琥太朗を、慌てて止める。

「駄目だ、中には入れない」

「サラ! ジョージ!」

「駄目だって。もう逃げてるかもしれないだろ――」

 力を振り絞って小さな身体を抱きかかえ、建物から引き離す。沙羅サラ譲司ジョージというのは琥太朗の両親の名前である。

 場所は住宅街だ。通りには家から出てきた人たちが溢れている。そのほとんどがおろおろと辺りを見回したり、祈るように空を見上げたり、下を向いて涙をこぼすばかりの中、一つの視線が二人を捉えていた。

 安治がそれに気づいたのは偶然だった。ふと見渡した中に、知らない顔があったのだ。

 狭いマチである。近所の住人なら皆顔を覚えている。

 もっとも、花街に隣接しているので、知らない人が通りかかることはある。しかしこの状況だ。遊びに来ていて火事に遭遇したのなら、もっと慌てるだろう。

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