第193話
――逃げた……?
恐る恐る立ち上がり、寝室をそっと覗き込む。誰もいない。一箇所だけ、窓が開いていた。
ややほっとしながら琥太朗のもとへ戻る。
「お前――すごいな」
褒める相手はしかし、力なく座敷に倒れ込んだ。
「ちょっ……大丈夫か」
何か攻撃を受けていたのかと慌てて駆け寄る。琥太朗は首を振った。流れているのは血ではなく汗だ。
「疲れた……」
声変わり前の子どもっぽい声で言う。汗だくの顔を上げた琥太朗は、やや不思議そうに訊いた。
「安治、怪我は?」
「あ――うん」
刺された胸を押さえる。大量の出血で服は汚れ、生々しく濡れているが、流血は既に止まっている。激しい痛みと貧血も一時的なもので、我慢すれば動ける程度に治まっていた。
どうやら思ったほど致命的な怪我ではなかったらしい。大げさに反応してしまったことを恥じる。
「平気。――とにかく外に」
言いかけたとき、臭いに気がついた。焦げ臭い。
え、と思う間に寝室から流れ込んでくる煙まで見えた。どうやら逃げ出しがてら放火していったらしい。
「嘘だろ、もう」
腹は立ったが一人で消火する気力はない。ともかく周囲の家の人に危機を知らさねば。
疲弊した様子の琥太朗はよろよろと立ち上がってから一旦、床の間に向き直った。白い男を撃退したのだろう複数の小さい物体がその手に飛び込んでくる。手には最前の紺色の手袋をはめていた。
「それがさっき言ってた――?」
「そうだよ」
琥太朗は少し元気づくと、回収したものをポケットにしまい、逆に安治を促して家を出た。
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