第188話

「ただいま。琥太朗がお見舞いに――」

 言いかけて止まった。次の瞬間、慌てて家に上がる。

「潤!」

 手前の部屋から廊下にはみ出すように、弟の小さな体が俯せに倒れているのが目に入った。

 弟は朝、熱を出していた。それでもやんちゃな子だから、かまわずに暴れ回って倒れたのだろう。そう思った。

 一、二歩近づいたところで間違いに気づく。玄関からは見えない障子の影に、もう一人いた。

 廊下にはみ出た弟、その下半身に覆い被さるようにして母親が倒れていた。二人の下の畳に広がる赤黒い染みは大量の血液だろう。

「――え?」

 何かの冗談だろうか。咄嗟にそう思った。自分を驚かそうとして芝居をしている?

 そんなはずはないと同時に悟る。しかしそれくらい現実離れした光景だった。

「――母さん? 潤也?」

 呆然と立ったまま呼びかける。近づいて抱き起こそうとしなかったのは、二人が返事をしないのを直感していたからかもしれない。床に伏した後頭部を見つめる。ぴくりとも動かない。

 急激に背筋が寒くなる。

 ――強盗?

 二人を襲った犯人がまだ家の中にいるかもしれない。

「琥太朗、中に入るな」

 言って自分も出ようとしたときに思いつく。

「――姉ちゃん」

 意識するより先に体が動いていた。廊下を台所に向かって進む。

 一〇歳上の長姉は去年、結婚して家を出た。その後懐妊し、腹が大きくなったところで里帰りしていた。今は何をするにも大変な時期だ。もし動けなくなっているなら助けなければ……。

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