第187話

 両親と三人暮らしの琥太朗には思うところがあるのか、以前から澄子を慕っている雰囲気があった。澄子も寺子屋に通えば自動的に会えると考えたのだろう。現状ではわざわざ家まで来ないと会えない。

 とはいえ家は近いのだ、会いたいなら来ればいい。

「ねえ、なんで寺子屋に来ないの?」

 今日の琥太朗はしつこかった。以前にもしたはずのやりとりに安治は嫌気を覚える。

「なんでって、家のことがあるからだよ。うちは家族が多いし家も大きいから、家のことをやってたら寺子屋に通う暇なんてないんだよ」

「でも澄子姉ちゃん、安治と同じ子どもだよね。安治と潤ちゃんは寺子屋に通うのに、なんで姉ちゃんは通わないの?」

「だから、澄子がいなかったら家のことができないじゃん。寺子屋は、将来の役に立てるために勉強するところだろ? 澄子はもう家の中で役に立ってるんだから、勉強する必要なんてないんだよ」

 琥太朗は不服げな、悲しそうな瞳で安治を見上げた。安治は慰める。

「まあ、家にいるからさ、会っていきなよ。何だったら夕飯も……」

 言いかけたところで玄関が目の前だった。門などはなく玄関が直接通りに面した造りなのは、この地区に共通する家の造りだ。

 家ができたのは地区全体が同時期で、住んでいる家族もそれからほとんど変わっていない。全員が顔見知りだ。そのため戸口に鍵をかける習慣もなかった。四枚建ての引き戸の中央を開けて中に呼びかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る