第185話

「ううん、自分の。――アイギスっていうんだけど」

 見せちゃおうかな――ともったいつけてポケットに手を入れる。何か機械が出てくると予想した安治は、紺色の手袋を見て意表を突かれる。

「何それ、手袋?」

 防寒というよりファッションで身につけるような柔らかい素材だ。内側に機械が仕込まれているようにも見えない。琥太朗はうふふと笑った。

「これはリモコンだよ。両手に着けて操作するんだ。やっとここまで薄くできたんだよ」

「……ふーん」

 気のない返事になった。呆れたわけではない。琥太朗の考えることは自分のレベルでは理解できないと、端から諦めてしまっているのだ。

「で、安治は?」

「うん? 何が?」

「何かあった? 冴えない感じがするんだけど」

「そりゃ……いつもだろ」

 頭を掻く。琥太朗に比べれば自分など、人生まるごと冴えない。

 幸い、生まれた環境は悪くなかった。地域から愛されている洋裁屋の長男で、特別に自慢する点もない代わりに不満な点もない。家族仲は良いと思う。特別優秀ではない代わりに、嫌われることもない人間――自分ではそう評価している。

 もちろん、生きていれば日々いろいろなことにストレスを感じる。でもそれは生きている証のようなもので、逃げ出したくなるほどではない。

 自分に満足しているかと問われれば、そうでもないと答える。ではどうなりたいのかと問われれば、特に目標はないと答えるしかない。

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