第183話

 澄子は今日は何を用意してくれているのだろう。この時間ならもう、帰ればすぐに支度ができるはずだ。

 澄子は一つ上の姉でまだ一四歳だが、若いながらに良妻賢母といった感じのよくできた女だと思う。洋裁屋を営む両親に代わって、家の中のことはすべて完璧にこなしてくれている。

 しかし見た目が貧相だから長姉の清子きよこのように恵まれた結婚はできまい――と家族全員に懸念されていた。

 いいのだ。いずれ家は安治が継ぐ。澄子はいかず後家で、安治とその家族を助けてくれればそれでいい――。

 角を曲がれば自宅が見えるという場所で、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。

「安治!」

 元気に走り寄ってきたのは、二つ年下の琥太朗こたろうだった。今年一二歳になるはずだが、見た目はかなり小さい。八歳にしては大柄な潤也より小さいくらいだ。

 小さくてもエネルギーの塊のような子で、頭の回転も運動神経もとびきり良い。生まれつき体の色素が薄いらしく、金髪に近い茶髪が特徴の美少年である。

 両親にとっては遅くにできた子で溺愛されており、いつも仕立ての良い和服や洋服を身につけている。今日は洋服だった。バイオリンの発表会にでも着るような白いシャツと紺色のハーフパンツ、革靴の組み合わせで、左右の襟を結ぶようにつけた瀟洒な飾りは一見してネックレスだ。両耳にはピアスも着けている。

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