第182話
「えー、遊ぼうよ」
一人っ子で、寺子屋では年少組の芳樹はこの頃、安治やたま子など年長組に甘えるようになった。それ以前は自分の殻に閉じこもるか反抗的な態度を取ることが多かったので、心を開いてくれたのは嬉しい。しかし。
「明日でいいだろ。明日ならきっと潤也も来るし」
断った途端、芳樹の大きな瞳が悲しそうに陰った。
「……しょうがないな」
一秒で訂正し、同時に芳樹の表情も綻ぶ。
「じゃあな」
その横をたま子が通り過ぎていった。軽く片手を上げている。
「あ、うん」
手を上げ返して見送る。
たま子は目下、履き物屋で奉公をしているため、教室が終わればすぐに帰宅する。寺子屋に来るのも毎日ではなく、座学にはほとんど出席していない。来るのはグループごとに行っているプロジェクトに参加するためだ。
たま子と安治は同じプロジェクトに入っていた。一年をかけてヤマタノオロチの動く模型を造るプロジェクトで、首の付け根の関節が安治の担当だった。そのため動物や昆虫の図鑑を漁ってレポートをまとめていたのだ。
約一時間後、芳樹を自宅まで送り届けた後で、安治は一人帰途についた。一人と言ってもマチナカで住宅が密集しているため、どこにいても知り合いが目に入る。西の雲がピンクに染まっていた。あちこちから漂う夕餉の匂いの間を縫うように歩を進める。
――生姜焼きか。いいな。
思ってすぐ、唐揚げの匂いにもつられる。
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