【少年漫画編1】安治、主人公になる

第180話

「――おい」

 声と共に肩を強く揺さぶられた。意識が緩やかに浮上する。はっと覚醒した瞬間、がばっと顔を上げ、本能的に辺りを見回した。

 ……襖を取り払って広間にした畳敷きの部屋、座卓や教材や木工道具の片付けをしている和服や洋服の子どもたち、部屋の隅で子どもたちを見守っている六本腕の大柄な女性、ほこりっぽいような古い木造建築の匂い……見慣れた寺子屋の景色だ。

「大丈夫か? ――何驚いてるんだ?」

 ぶっきらぼうな中に気遣わしげな気配があった。声の主を振り返る。

「……たまちゃん……」

 胸が大きいにも関わらず少年にしか見えないのは、二つ年上で幼馴染みのたま子だ。ショートヘアというよりボーイッシュな短髪で、長身にオーバーサイズのシャツと膝下までのハーフパンツを着けている。

 安治は一つ息を大きく吐いてから、乱れた呼吸を整えた。

 何かとても嫌な夢を見た気がする。胸が苦しく気分が悪い。額を撫でるとほんの少し汗ばんでいた。

 シャツの上から胸を撫でた際に、上着がほとんどはだけてしまっているのに気づく。上着にしているのは、母親手製のデニムの浴衣だ。数年前に作ってもらったものなので、今では丈が短い。薄手のコート代わりに洋服の上に着て、帯ではなくベルトで緩く留めている。

 ――夢……?

 妙な感じがした。どんな夢かは思い出せないが、夢の中ではそれが現実だと思っていた。むしろ今が夢を見ているような感覚さえする。

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