第172話

 安治は五歳下の弟を思い出した。弟は親類に安治の「上位互換」と評されることがあった。顔立ちでも要領の良さでも運動神経でも、微妙に、でも確実に安治よりできが良かったからだ。

 それと同じだなと思ってから、いや違うと否定する。安治の弟は実際に安治より可愛い顔立ちなのだ。面長で目の細い兄と違い、弟は丸顔で目はくりっとしている。末っ子のせいか周囲から可愛がられるのに慣れていて、安治が苦手とする母親や長姉ともうまく付き合っていた。

 年が離れているためか、安治はそんな弟を憎いとは思わなかった。比べられても特に腹が立たなかったのだ。弟のほうができがいい。それはただの事実だった。

 この二人はどういう兄弟関係なのだろう――つい余計な興味がわく。

「ちょうどよかった」

 と北条さんは言った。柔らかく女性的な所長と違い、深みのあるはっきりした男性的な響きの声だった。

「面白いゲームがあるんだ。やらないか」

 唐突にそう言われた。言葉と裏腹に、口調が疑問形ではない。端から強制するつもりの言い方だ。

「今はいいです」

 安治は咄嗟に断った。直感がそうさせた。

 ――この人――何か怖い。

 見えない圧を感じた。爽やかな笑顔が重い。

 タナトスも返事をしなかった。安治を見たまま、賛成も反対もせずにいる。

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