第169話

「お父さん? タナトスを創った人ってこと?」

「違う。創ったのはゼウス。北条さんはその代わり」

「ゼウス?」

 何だか胡散臭い名前が出てきた――と眉根を寄せる安治に、どう解釈したのかタナトスが首を横に振る。

「ゼウスは研究所を創った人の名前。通り名。今はいない」

「創った? じゃあ――すごい人なんだね。それでゼウスって呼ばれてるわけ?」

「そう」

 タナトスは満足げに頷いた。反対に安治は鼻白む。

 やはりこの研究所およびマチは巨大な宗教施設なのではなかろうか。クローンを作ったり人の記憶を操作したりは、ここでの科学力なら実際にできるのかもしれない。でも自分は親が資産家なばっかりに誘拐されてきただけではないのか――そんな疑いが大きくなり始めている。

 ――ゼウス、ねえ――。

 いかにも似非カリスマが自称しそうな名に思える。

「タナトスはその、ゼウスと会ったことがあるの?」

 タナトスはふるふると首を横に振った。

「ない」

「だって、創った人なんでしょ?」

「ゼウスはずっと昔にいなくなった」

「だって――創った人なんでしょ?」

 まったく同じことを二回言ってしまう。安治は自分の表現力の乏しさを恥じた。

 タナトスは難しい顔をした。

「タナトス、生まれたのは昔。でも覚えていない。今のタナトスは三年ほどの記憶しかない」

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