所長室

第164話

 室内のモニターで予定外の来訪者にいち早く気づいた戸田山は、飲みかけのコーヒーを適当に置くと慌てて出迎えに走った。白衣の襟と裾を直しつつ、ドアが開くのに間に合わせて笑顔を作る。

「これはこれは――今日も眩いほどのお美しさで」

 相手の姿を確認するまでもなく、ほとんど脊髄反射的に告げる。

 おりょうはわずかに怪訝な顔をした。何を言ってるんだこいつは――と思ったかもしれない。

 戸田山は表情を戻して、丁寧な仕草で迎え入れようとした。それに対して、やや冷たい声を発するおりょう。

「所長にお会いしたいのですが」

「はい、どうぞ」

 返事をして再度手で入室を促す。おりょうは軽蔑を含んだ一瞥を与えて戸田山を通り過ぎた。

「失礼します」

 デスクで資料片手にどら焼きを食べていたみち子に一声かけて棚の奥に進むおりょう。それに手を振りつつ、みち子は可笑しそうな半笑いを浮かべて戸田山を振り返った。

「何か、まずかったですかねえ」

 悲しげに呟く戸田山。

「軽率だと思われたのよ。あんた、相手の顔見て簡単にドア開けたでしょ」

「はっ」

 指摘されてすぐに落ち度に気づく。

「そうですね――姫だったら絶対にそんなこと……」

「しないわよ。要人警護のプロなんだもの。たとえ見知った顔だって、確実に本人なのか、誰に何の用事なのか、確認してからじゃないと開けないわ。つまりあんたの危機管理能力のなさに呆れたのね」

 科学の粋が集まる研究所である。モニターに映る姿を何らかの方法で偽装できる可能性などいくらでもある。敵が身内でない保証はない。

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