第163話

「寄って来ないよ。その辺にヤギ、いないじゃん。いないものは寄って来ようがない」

「う?」

 タナトスは安治の背後を指差した。通路を一頭、ヤギが歩いていた。

「……そりゃ、ここにはいるかもしれないけど」

「猫が好きな人には猫が寄ってくる」

「ああ、それならまだ……」

 言って安治は通路をキョロキョロ見渡す。猫はいなかった。

「……でもそれじゃあ、お金が好きな人にはお金が寄ってくるってことになるじゃん」

「お金……」

 タナトスが記憶を探るように遠い目になるのを見て、安治は失言に気づく。タナトスはお金を知らないのだ。

「ああ、嘘嘘。お金は関係ない。えーと……さっき、何て言った?」

「要次は人の不幸が好き。そのため不幸が寄ってくる」

 ――不幸が寄ってくるって怖いフレーズだな。

 うっすら寒気を覚える。

「だからさ、そんなはずないでしょ。好きなものが勝手に寄ってくるんだったら、人生誰も苦労しないよ」

「それでは安治は、要次が幸せになると思う?」

 答えに詰まる。あの考え方では幸せになれるはずがないというのが半分、幸せになってほしくないというのが半分だった。

「……まあ、無理だろうね」

 渋々認める。

「なぜ要次は仕事をしない?」

「は?」

「要次は仕事が嫌い。だから寄ってこない」

「ああ……」

 一瞬納得しかけた。追い打ちをかけるようにタナトスが続ける。

「要次はみんなが嫌い。だからみんなが寄ってこない」

「うーん……」

 そう……なのだろうか?

 安治が反論できずにいると、タナトスはいくらか勝ち誇ったような表情で繰り返した。

「好きなものは自ずと寄ってくる」

 安治はもう一度、眉間に皺を寄せて唸った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る