第160話

 そして「自分がいなければどれだけ困るかを思い知らせるため」に、今日は勝手に休んだのだと言う。

 一通り理解した安治の頭にはクエスチョンマークしか浮かばない。

 ――この人がやらないなら、エンケパロスがやるだけでは?

 プログラム通りに動くエンケパロスのほうが正確な仕事をするだろうし。

 安治が不思議に思うのは、要次自身が言っていることの矛盾に気づいていない点だ。自分がやる前はエンケパロスがやっていたと言いながら、自分が休めばみんなが困ると言う――。

 どう考えても、誰も困らない。困るとすれば、仕事を失う要次だけだろう。

 怒りの矛先が、注意をしてきた助手の女の子個人に向けられているのもわからない。仕事上の話のはずが、個人レベルの問題に引き下げられている気がする。

「助手って、何歳くらいなんですか?」

「多分まだ一〇代だよ。一八かそこらじゃない。それが研究室にいるからって、生意気にさ」

「役職って俺知らないんですけど、ドクターではないってことですね?」

「ああ、ただの雑用だよ。入ったのだって去年だか」

「要次さんは何年いるんですか?」

「もう……三〇年はいるよ」

 それでその助手の女の子より立場は下なんだろうな……と悟り、安治は会話を続けるのに疲労を感じた。

「別に気にしなきゃいいじゃないですか……」

「いいや、気にするね。あんなに思い上がってるんじゃ、今後が思いやられるよ。自分の立ち位置がわかってないんだ。自分を客観的に見られないんだよ。若いうちにこそ叩き直しておかないと……荒療治だってのはわかる。でもそれが愛情だろ?」

 どの辺に愛情があるというのだろう。

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