第159話

 昨日より暑苦しいなと安治が思うのと、その手に持っているのが缶チューハイであることに気づくのは同時だった。

 たま子が言っていたことを思い出す。この研究所では、アルコールを好む人は出世できない……。

「お仕事はいいんですか?」

 挨拶代わりに訊いてみる。酔っているせいか要次は機嫌が良いようだ。へらへら笑いながら答える。

「今日は休みさ。といっても勝手に休んだんだけどね」

「え……大丈夫ですか、そんなことして」

「知らないよ。今頃困ってるんじゃない」

 何故か得意げに言って缶チューハイを呷る。

「お仕事って何を……」

 問いかけた声は苛立ちを含んだ大声に打ち消された。

「あいつらさあ、態度悪いんだよね」

「は、はい?」

「人が下手に出てればいくらでもつけ上がってさ、自分を何様だと思ってるんだか。あれで自分は偉いつもりなんだろうね。みっともないって、よく気づかないよ」

 話が見えない。見えないが、その姿に思う。

 ――みっともないのは昼間から酔っ払ってくだを巻いているほうでは。

 もちろん、口には出さない。

 頼んでもいないのに垂れ流される愚痴を辛抱強く聞いて、事情がわかった。

 ここしばらく、要次は研究室の器具を洗う仕事をしていた。仕事といっても雑用だ。人がいなければエンケパロスに任せるのを、楠木主任という人に「わざわざご指名を受けて」やっていたらしい。

 要次はそれを「誰にでもできるわけではない、縁の下の力持ち的な重要な仕事」だと自負していた。安治にはいまいち想像がつかないが、言葉の端々から察するに、それぞれの器具に応じて洗剤や道具、洗った後の管理方法などを変えなければならないらしい。

 しかしその扱いが不十分だと、研究室の助手である若い女の子に注意を受けた。

 それで――要次は怒った。

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