第157話

 安治は魚卵が嫌いだ。シシャモは食べるけれど子持ちシシャモは食べない。小さな卵が集まっている見た目が苦手というのはある。だからカズノコやタラコが駄目なのはもちろんのこと、飾りとして数粒載っているだけのイクラでも駄目だ。

 理由はわからない。訊かれれば食感が嫌いだから、しょっぱすぎるから、見た目が気持ち悪いから――と答えはする。でもそれが本当の理由だとは思っていない。

 嫌いだから嫌いなのだ。

 長姉のことも、どこが嫌いという以上に、嫌いな人間が身内だという理不尽さに納得できないのだと思う。

「姉だから、何?」

「いや、俺もいる――いたからさ」

「姉がいた?」

「うん。二人」

「兄弟は助け合うもの。家族は愛し合うもの」

「は?」

 安治は思わず鼻で笑った。

「何それ、設定? お前、守れてないよ」

「設定ではない。家族とはそういうもの」

「あっそ」

 反論するのも馬鹿らしくなり、冷笑的に受け流す。

 ――そういうものだったら、いいだろうね。

「……でもちょっと安心したよ」

「何について?」

「もしお前が自分で言う通りあの子と仲良かったら、俺はちょっと気分悪かったと思う」

「何故?」

「だって、人の幸せって面白くないじゃん」

 半ばからかうつもりの言葉に、タナトスは意外にも大きく頷いた。

「人間は他人の不幸話を聞いて喜ぶ生き物」

 悟ったような物言いに、安治はこみ上げてくる笑いを我慢しなかった。

 その瞬間、また指輪が光った。

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