第155話

「有能な人間には見えないな」

 ――見抜かれてる。

 安治は微妙に感心した。見た目に反して、タナトスよりずっと人間度が高いようだ。

「はあ……すみません」

「言い返さないのか」

 美少女は軽蔑の色合いを強めた。そう言われて言い返せる性格の安治ではない。「はあ……」とさらに小さくなる。

「俺ですみません」

 卑屈な返しにエロスの口元が歪んだ。嫌悪が限界を超えたらしい。

「馬鹿か」

 これでは会話もできないと思ったのだろう、吐き捨てると視線をタナトスに移す。

「大丈夫か。不備があるなら訴えたほうがいいぞ。お前にまで無能が移ったら困る」

 エロスはいくらか気遣うように声を高くして言った。タナトスはそれが聞こえない素振りでソイラテのカップを口に運んだ。嫌いな豆乳に、眉間に皺が寄る。

「これから何をするんだ?」

「決めていない」

 口調は変わらないものの、少しもエロスのほうを見ずに答える。

「不慣れな者と二人きりでは滞りもあろう。付き合ってやろうか」

「いらない」

「今日のみ特別にという意味でだが――」

「いらない」

 タナトスの声は無感情で、わずかにうんざりした気配が漂っていた。言っても無駄なのはわかっているが最低限の抵抗はしておこうという感じだ。

 エロスは悲しそうな顔をした。その顔もタナトスは視界に入れようとしない。

「わかった、じゃあな」

 意外にもエロスの諦めは早かった。吹っ切るように言うと、さっさと立ち上がり出て行く。

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