第152話
「実家? 安治の実家とは研究所を指す?」
タナトスが首を傾げる。安治は少し焦った。
「えーと、ごめん、俺……どう言ったらいいのか」
「う?」
「……記憶が違うんだって。今俺が持ってる記憶は、本当は俺のじゃなくて、別の人のなんだって」
タナトスはぽかんとした。数秒黙ってから、
「そんなことがある?」
と冷静に尋ねた。
「いや……」
わからないけど、と安治は口の中でもごもご言う。
「だから、ここで育ったっていう記憶はないんだよね。その、偽物の記憶しか今はなくて」
――という設定なんだよな。
安治は自分に呟く。何のことはない、自分もタナトスと同じではないか。
タナトスは渋い表情で首を左右に傾けてから言った。
「でも、安治が嫌いなのは本当」
「うん?」
「記憶は偽物。でも安治が実家を嫌いなのは本当」
「……うーん」
それを本当と呼んでいいのだろうか。実際には幻想なのに。
しかし真実なんて知りようがないし、あってもなくても同じかもしれない。自分が経験したのかわからない記憶に縛られているという現状がすべてだ。
「まあ……そうだね。実在するかどうかは別として、俺があの家や人たちを嫌っているのは本当だね」
「なぜ嫌い?」
「それは……話し出したら長くなるから、追い追いね」
タナトスに関係ない――ついでに言うと自分にも関係ないかもしれない――恨み辛みを一人語りするのも嫌だ。嫌だけど、そのうち何かの折りにはついぽろっと出てしまうだろうという確信を込めてそう答える。
タナトスは素直に「追い追い」と頷いた。
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