第147話

 また『自覚ができていない』ようだ。質問を変えてみる。

「タナトスはその人のこと、好きなの?」

 返事はなかった。数秒経ってから、

「エロスは姉であり恋人である。恋人とはお互いに好きな者同士のこと」

 と答えにならない答えを返した。

 安治は軽く溜息をつく。

「わかったよ。タナトスは恋人のエロスと暮らしてるんだね」

「あう」

「でもタナトスはその子があんまり好きじゃないんだ?」

 タナトスはすぐに返事をしなかった。不服そうな顔で明後日の方向を見る。それから、

「エロスはタナトスの恋人」

 と設定を繰り返した。

「わかったよ。じゃあその服はその子の趣味なんだね」

「エロスはとても可愛い」

「訊いてないよ」

 褒めている風でもない。まるで設定を自分に言い聞かせているようだ。

「あれ、でも、お姉さん? ってことは、タナトスより人間らしいってこと?」

「『人間らしい』のではない。タナトスとエロスは人間」

「ああ、ごめん。……他にもいるの? 兄弟というか」

 この問いには少し考える間があった。

「……エロスが最初ではない。でも……タナトスは会ったことがない。エロスもその話をタナトスにしたことがない」

「じゃあとりあえず二人だけってこと? その……なんだっけ?」

「アントロポス」

「うん、それ」

「とりあえず二人」

 復唱しつつ頷くタナトス。安治はアダムとイヴを連想した。アントロポスに生殖機能があるのかは知らないが。

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