第145話

「嫌いってこと、とは?」

「今の感じだよ。豆乳を飲むと嫌な感じがするでしょ。それが嫌いってこと」

「豆乳を飲むと嫌な感じがしない。嫌いではない」

 タナトスはそう返した。意地を張っているのではなく、本心でそう思っているような態度だ。安治は軽く混乱する。

「じゃあ、飲んでみてよ」

 勧めると、今度は手に取る前に一瞬、嫌そうな視線を送った。

「ほら、嫌そうじゃん。それが嫌いなんだって」

「嫌そう? とは?」

「今の顔だよ。嫌そうな顔したじゃん」

「タナトスは嫌そうな顔をしていない」

「したよ。見たから。自分じゃ自分の顔見れないでしょ」

 ――自覚が下手なのよね。

 安治は勢いで怒ってしまわないよう自分を制御する。言っても無駄なのだ。理屈ではなく、できないものはできない――それは経験上よくわかっている。

 タナトスはこう見えて、幼い子どもなのだから――。

 外見だけは一人前の貴公子然とした風貌を見遣る。並んだとき、目線はほぼ同じだった。踵のあるブーツを履いているので、それを差し引いたとして身長は一八〇センチほどだろう。そのせいで大人っぽく見えるのだとしても、未成年という感じではない。

「自己紹介をする」

 と唐突に王子様が言った。

「うん? どうぞ」

「タナトス。二一歳」

「二一? そういう設定なの?」

「あう」

 設定のわりに子どもっぽい返事をする。

「好きなもの、本、動物」

 なので基本的には図書室に通えば良いと所長に言われた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る