第142話

 間髪入れずにみち子にふくらはぎを蹴られる。

「痛ッ」

「今度『できない』って言ったら殴るわよ」

 既に叩かれているし蹴られているのだが。

「大丈夫よ、そんなに気を張らなくて。必要なことはもう本人が心得ているから……」

 やんわりした口調で所長が割って入る。やや呆れた様子なのは、みち子に対してであることを願いたい。

「君にとってはむしろ、タナトスのほうが案内役になってくれるだろうしね」

 とは戸田山だ。

 安治は白髪の青年を改めて見た。フリルのついた優雅なシャツに、季節感のないロングジャケット、細身のパンツにロングブーツ……まるで王子様だ。それが形の良い唇を半開きにして、ガラスめいた無垢な瞳をこちらに向けている。

 ――荷が重い。

「あの……そんな重要な仕事だったら、俺なんかにやらせないほうが……痛ッ」

 今度は前側から脛を蹴られた。

「その『俺なんか』にできる仕事を探した結果がこれなの!」

 そう言われては反論できない。

「難しく考えなくていいのよ。ただ一緒にいて、友人か兄弟のように接してくれれば」

 所長は言って、タナトスの背を軽く押した。察した様子のタナトスが安治に近寄る。

「…………」

 安治は軽く後退った。躊躇いのない姿勢に圧を感じたのだ。よくできた人形のような、人間の剥製のような不気味な「生き物」が正面に来る。

「安治」

 感情の読み取れない声でそれが呼びかける。

「……はい?」

 何を言われるのかと、恐る恐る返事をする安治。

「安治は何のために生きてる?」

 世間話をするようなごくカジュアルな口調だった。それが、タナトスが新しい相棒に向けて発した最初の質問だった。

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