第139話

 研究室に着いたのは、テキストメッセージで指示された午前九時の五分前だった。

 手ぶらで良いとあったので特に何も持っていない。服装も自由とあったので、長袖のカットソーとジーパンにした。

 部屋番号を確認しながらドアに近づく。と、手を触れる前に勝手に開いた。内側に白衣の似合う三〇くらいの眼鏡の男性――戸田山が立っていた。

「いらっしゃい。どうぞ」

 ごく気さくな態度で招き入れる。バイト先に初出勤する感覚でそれなりに緊張していた安治は面食らった。一応挨拶はするべきだろうと「お――おはようございます」とたどたどしく告げる。

 室内は昨日とほぼ同じで、いずれも白衣を着たくしゃくしゃな長髪の中年男性と小綺麗な女性――所長とみち子が立ったまま話をしていた。他に人影はなくたま子もいない。

 二人が同時に安治に視線を向ける。そしてほぼ同時に、

「来たわね」

「来たわよ」

 と言った。

「簡単だから、さっさと済ませるわね」

 と言いつつ動いたのは所長のほうだった。一旦、棚の裏側に消える。安治の位置からは見えないが、その向こうが通路になっていて別の部屋とつながっているようだ。

 みち子は安治に手を伸ばしながら「これ着けて」と言った。

「着ける?」

 何かと思えば指輪だった。幅一ミリほどの細いシンプルな指輪で、左手の小指にちょうどサイズが合う。

「ソポスよ」

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