第137話

 安治はつい目の前の恋人をじろじろと見てしまう。

「何か?」

 おりょうは表情を変えない。まるで見られることに慣れているようだ。

「ううん。――きれいだなって」

 そう返しても、少しも動揺の色が見えない。ただ儀礼的に、

「ありがとうございます」

 と答える。

 普通は照れたり喜んだりするものではないだろうか――。安治は以前付き合っていた彼女を思い出した。

 大学に入って最初にできた彼女だ。初めて見たときからずっと可愛いと思っていて、とりとめのない話をしているときにふと「可愛いよね」と口からこぼれた。彼女は大げさに驚き、照れ、そして喜んでくれた。それがきっかけで意識し合うようになり、じきに付き合うことになった。

 やがて情熱も落ち着き、久しぶりに褒めたときの反応は以前とまるで違うものだった。

「なんで急にそんなこと言うの? そう言えば機嫌が取れると思った? 私のことそんなに単純だと思ってるんだね。普段何もしないで、たまに褒めれば関係が維持できると思ってるんだね。だったら楽でいいのにね」

 安治はそこで初めて、彼女がずっと不満を燻らせていたことに気づいた。

「不満があるなら、その時点で言ってくれればいいのに」

 安治はそう返してしまった。彼女が突然怒り出したように感じたので、反射的に安治も少し怒っていた。責める口調だったと思う。

 彼女は余計に怒った。

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