第132話

 当時相手は二〇代半ばくらいだったと思う。しかし中学生の安治には親と同じ大人にしか見えかった。当然、恋愛対象ではない。塾に通っている手前、はっきりと拒否することもできず、また誰かに相談するのも恥ずかしいと躊躇ってしまったため、卒業を機にやめるまでいささか辛い思いをした。

 講師は自分が安治の恋人か恋人候補であるような態度を取った。幸い、外で会おうという誘いは断れたため、被害らしい被害は被っていない。ただ塾にいる間は馴れ馴れしく、いわば彼女面をされ、それだけでも十分に不快だった。

 気に入られた理由はひとえに見た目らしい。安治はその頃すでに一七〇センチを超える長身だった。顔立ちも大人っぽい。年上に見られるのは普通で、その講師にも子どもではなく若い男に見えたのだろう。

 講師はよく自分の夢想を語った。数年後、安治が車の免許を取ったら江ノ島へ連れて行ってほしい、車は自分が好きなフォルクスワーゲンに乗ってほしい、一緒に住むのはアパートでもいいけど3LDK以上がいい、年一回、沖縄に連れて行ってほしい、婚約指輪はハリーウィンストンがいい、結婚式は国内と新婚旅行を兼ねた海外での二回やりたい……と、すべてが要求だった。

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