第121話
周囲を樹木で囲まれた広い中庭には大勢の人がいた。きっと避難訓練で外に出てきたのだろう。
その中に静かに降り立ったとき、ごく近くにいた数人が驚いたように二人を振り返った。
「どっから現れたんだ?」
その呟きを聞く限り、二人の避難方法は研究所でも珍しい方法だったに違いない。
地面に着くや、たま子は辺りをキョロキョロと見回す。
「……いらっしゃらないな」
「誰? さっきのおじいさん?」
「おじいさんじゃない、お兄さんだ」
「え? ああ――お兄さんって呼ぶんだ?」
安治はそれが「姐さん」と同じ敬称なのだと理解した。しかしたま子は首を横に振る。
「違う。あの人は――ボクの連れ合いの、お兄さんなんだ」
「――――」
安治は固まった。数秒、気持ちを落ち着けてから訊く。
「……連れ合いって彼氏のこと?」
たま子が結婚指輪をしていないのをちらと確認する。夫ではあるまい。
「たま子さんの彼氏って――何歳?」
「うん? あいつは今年――二十歳だな」
「――――え?」
余計に訳がわからない。そんなに年の離れた兄弟がいるのだろうか。
たま子ははっとしたように「戻ろう」と、再び安治の手首を摑んだ。
「今日はお前を外に出すわけにいかなかったんだ。こんなに人も多いし――」
人垣を抜けて連れて行かれたのは、本社の隣にあるこぢんまりした古い建物だった。五階以上はあるだろうか、しかし本社に比べると小さく見劣りする。
「へえ、これが……」
昔通っていた小学校を思い出す。もっと巨大で浮世離れした印象を抱いていた安治には意外な外観だった。
「思ったより小さいね」
素直に感想を述べる。たま子は含み笑いのような、笑いを噛み殺したような表情になった。
いくらか言葉を選ぶような素振りの後、
「見たものをそのまま信じる癖は直したほうがいいな」
それだけ言うと、安治の腰をぽんと叩いて玄関に誘導した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます