第119話

 雲の間を魚が泳いでいた。距離感がつかめないので大きさはわからない。金魚や熱帯魚のようでもあるし、マンボウかもしれない。

「マチの上空だな」

 たま子の声がした。風を切る音に阻害されずはっきり聞こえる。しかし姿は見えない。

「たま子さん? どこ?」

「いるのか? 見えないな」

「見えないね」

 落下する体感に、反射的に恐怖が強くなる。

 ――これは現実じゃない。錯覚だ。

 咄嗟に自分に言い聞かせる。

 もちろん、これが現実でないという根拠もない。もしこれが現実で本当に落下しているなら……数秒先は絶望だ。

 そうだとしても、恐怖を感じるだけ損だろう。どっちみち、この状況から逃げ出すことはできないのだから。

 そもそも「ソトから来た」時点で自分は死んでいたのではないか――? そんなことすら思った。

 空はしばらく続いた。四方に雲がありどこが地面なのかもわからなかった。じきに雲を抜け、足下にマチを見下ろした光景が広がった。

「へえ……」

 山に囲まれた、歪な円形の街だった。中央ほど建物が多く周囲は閑散としている。

 目を惹いたのが中央にある小さな「孤島」だ。人為的に正円にされたらしい土地が水に囲まれて孤立している。唯一の出入り口らしき通りには朱色の大きな鳥居が立っていた。

「見えるか? 真ん中にあるのが鳥居町だ」

 相変わらず姿は見えないまま、すぐ隣でたま子の声がする。

「ああうん、あの、鳥居のとこね。周りの水は何?」

「あれは人工のお堀だ。あの中は花街かがいになっている」

 聞き慣れない単語に安治はぎょっとする。

「か、花街? そんなのあるの?」

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