第117話

 敵役は誰が演じているのだろうと朧げに考えたときだった。

「こっちだ。来なさい」

 案外近くから嗄れた声がした。見れば白衣を着た老人が手招きをしている。当然安治には見覚えのない人物だ。たま子があれ、という顔をする。

「ドクター箏司郎そうじろう、お元気で」

 そこで初めて老人のほうも、それが顔見知りだということに気づいたらしい。緊張を解いてふっと笑う。

「ああ、たまちゃんか。――ここに入ったとは聞いていたが……元気だったかい」

「はい。伯母も元気です」

「それはよかった」

 老人は七〇代くらいだろうか。ほとんど真っ白の髪は頭頂部が薄く、肌にも皺が目立つものの、気品のある端正な顔立ちが目を惹いた。鼻筋が通って目が大きく、どこか日本人離れした雰囲気だ。

「美しいだろう」

 たま子はこそっと、得意げな声で安治に耳打ちをした。

 ――え?

 安治は違和感を覚える。美形には違いない。が、老人だ。二〇代前半のたま子がうっとりした眼差しを向けるのはどういうわけか。

 聞こえていない風の老人が真顔に戻って言う。

 「来なさい。扉を用意した」

 ――扉を用意?

 その表現にもまた違和感を覚える。普段は施錠されている鍵を開けた――という意味だろうか?

 たま子は安治の腕を引っ張りながら手短に説明をする。

「ドクター箏司郎はエレベーターを作った人なんだ」

「エレベーターを?」

 それは――すごい。

 どうすごいのかはよくわからない。ただしかし、今現在のソトの科学力では作れそうもないあの不思議なエレベーターを作ったというのなら、驚嘆すべき天才に違いない。

 ――だから、たま子は。

 羨望の眼差しを向けたのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る