避難訓練

第114話

「おやおや?」

 と顔をしかめつつたま子が呟くのを見て、安治は吹いた。わざとなのか、芝居がかっていて妙にコミカルだった。

「なんてタイミングだ。なあ」

 同意を求められてもよくわからない。

「……避難訓練? 何か大変なの?」

「思えばそんな時期だったな。年に二回ある。ボクらは慣れているが……」

 たま子は悩ましげな視線を安治に向ける。

「どこに避難するの?」

 安治は小学校から当たり前に参加してきた避難訓練を思い出す。通常は屋外に出るのだろうが、この建物からはどうやって脱出するのだろう。非常時とあってはエレベーターは使えまい。

「部屋にはそれぞれ脱出口がある。どこにいてもまずはそれを探せ。クラの場合は――」

 たま子に誘導される先に、既に房江が待機していた。品物の棚を動かしたところに小さな扉がある。ここに早くとジェスチャーで指示している。

 そのとき、遠くでドオンという轟音が響き、建物全体が揺れた。

「え?」

 訓練だよね? と安治が訊く前に「演出だ」と冷静なたま子。

 部屋の照明が落ちた。同時に非常灯が点ったものの、かなり薄暗い。辛うじてたま子と房江の影がわかるくらいだ。

 訓練と言われても明かりが消えると怖くなった。心拍数が上がったのを感じ、これって人間の性なのかな――などと思う。そうこうする間に廊下ががやがやと騒がしくなった。複数の人間の足音と声がする。

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