第110話
安治はやっと、この研究所の技術力の高さを認識した。営業スマイルを浮かべた房江は滑らかな動きと声で「ご案内いたしましょうか?」と訊いてきた。たま子が断る。
「気にしないでくれ、冷やかしだ。――奥のほうを見せてもらう」
「どうぞごゆっくり」
たま子の手招きに従い、房江のお辞儀に送られて安治はクラの奥に進んだ。クラは手前のほうには食料品や消耗品などが、少し行くと収納ケースや布団などの家具が、奥には服や靴などが陳列されていた。
――手前はスーパーやドラッグストア、中間はホームセンター、奥はアパレル……。
安治は自分が覚えやすいように例えで分類していく。
「けっこう広いね。どこに何があるのか、探すのが大変そう……」
「そのためにエンケパロスがいる。欲しいものがあるときは房江に訊いてくれ」
「ああ、なるほど」
たま子が案内したのは服がずらりと並んだコーナーだった。
「食料はもう部屋にあるだろうからな。服は自分の好みと合わなかったんじゃないか?」
「あ、そうなんだよ。よくわかったね」
「マチの人はけっこう派手好きなんだ。ファッションにこだわる人も多い。ソトだといちいちカネがかかるから、無難な服を好むんだろ?」
「ああ、うん、バイトと学校で分ける余裕もないからね、着回せるのを選ぶよね――」
答えつつ頭の中で紙幣が浮かぶ。返ってくる答えは予想できるのに訊かずにいられない。
「あの、これも――全部タダ――ってこと?」
言いながらクラクラした。これだけで、違う世界に来たと感じる。
「ああ」
戸惑いを察して、いくらか丁寧に頷くたま子。
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