第98話

 研究所産と聞いて、食堂で見た腕六本の女性が思い出される。ああいう子どもの面倒を見ていたのだろうか。どう遊んであげたらいいのか想像できない。

「――河童とか?」

 不意にそんな単語が口からこぼれた。おもちゃのような黄色い姿が脳裏に浮かんでぞっとする。

「河童? ああ、見たのか。可愛いだろ」

「――うん……」

 首を斜めにしながら曖昧に頷く。そこで龍についても思い出した。雄大な泳ぎ姿を見たときの感動が甦り、興奮気味の口調になる。

「そうだ、龍に会ったよ、すごいきれいだった」

「どれに会ったんだ?」

「え?」

 複数いるのだろうか。安治は白地にピンクがかった蛇のような龍だと説明した。たま子が頷く。

「サクヤ号か。そりゃきれいだ。いいのに出会えたな」

「他にもいるの?」

「いる。全部でいくついるのかは知らんが、四体以上はいる。ボクが遭遇したのは黒い体に雷を纏ったやつで、少し怖かった。角も木の枝みたいでな。ミカヅチ号という」

「え、かっこいいじゃん。それっていつもはどこにいるの?」

「さあな。浸水のとき以外は見たことないぞ。たまに天井浸水と言って、空で遊泳することもあるんだが。そのときは全数が一斉に見られる」

「空を泳ぐの? えー、見たい。次いつあるかわかる?」

「決まってはいないが、開催直前になるとマチ中にアナウンスが流れるんだ。子どもの頃は一大イベントだったな。最初は二匹しかいなかったが、それでも大騒ぎだ。研究所ここでも、やるときはみんな屋外に出て見物するからな、そのうちには見られるさ」

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