幸福プリン

第94話

「おお、どこ行ってたんだ」

 特に怒るでも心配するでもない様子のたま子に一安心する。安治がカウンター前に戻ったとき、たま子はちょうど入り口を入ったところで室内を見渡していた。

 手には小さな紙袋を持っている。

「ごめん……人に会っちゃって……」

「うん? なんか疲れた顔してるな。とりあえず座るか」

 移動した先はカウンター裏のドリンクバーの横にある小さな飲食スペースだった。二つのテーブルを挟んで計四つの長椅子が置かれている。

「プリンだ。食えるだろ?」

 言いながら紙袋から小さなカップを取り出すのを見て、安治は、

「暗号じゃなかったんだ……」

 と呟いた。

「暗号?」

「ううん、何でも。……大変だね、上司にお使い頼まれて」

「いつものことだからな。――みち子姐はああ見えて、食い意地が異様に張ってるんだ」「ああ、見た目はきれいなお姉さんだよね」

 性格はきつそうだけど――とは言わない。

「うむ。太らない体質だそうだ。羨ましいよな」

 ――羨ましい?

 相変わらず、たま子の無表情からは本気なのか冗談なのかがわからない。羨ましがるまでもなくたま子のほうが長身かつ細身で、胸は大きいようだが。

「たま子さん、ダイエットとかしてるの?」

「したことない。この身長のおかげでな」

「大きいよね」

「お前ほどじゃないがな」

「ちょうどうちの姉と同じくらいだよ。うち、母親も弟も大きくてさ。たま子さんも家系?」

「さあな。母親はボクが五歳のときに死んだ。育ててくれた伯母は普通の体格だ。父親は知らん」

「あ……そうなんだ。病気?」

「いや。マチから逃げ出そうとして殺された」

「…………」

 安治はたま子が「冗談だ」と言ってくれるのを待った。しかしそのときは訪れなかった。

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