第92話
五〇席ほどもあるだろうか。まばらに一〇人ほどがヘッドホンをつけて画面を眺めたり、資料片手に書き物をしたり、机に突っ伏して寝たりしている。
――いいな。
ネットカフェのような光景に思わず惹かれる。先ほどの閲覧スペースと違って、椅子も長時間使用するのに適したものだ。
たま子との約束は忘れていない。しかしちょっとだけ、座って画面をいじってみたい衝動に駆られた。どんなものが見られるのかだけ確認したい――。
直近のブースに近づいたところではっとする。ここは勝手に使ってもいいのだろうか? 料金はないにしても、どの席を使うかを事前に申請する必要があったりしないだろうか?
申請するとしたら入り口にあるカウンターだろうか? それともそういうのは必要ないのだろうか――。
考えて動けずにいると、左肘の辺りを誰かに触られた。見れば小柄な女性が隣に立っている。
「どうかしたの?」
安治が何か言う前に甲高い声で訊かれた。その顔を思わず凝視する。
随分と派手な化粧だった。目の上側はつけ睫毛とアイシャドウで黒々とし、下側はハイライトで白く光っている。いわゆるギャルメイクなのだが、驚くほど――可愛くない。
顔立ちが悪いのか、メイクが下手なのかはわからない。ただ、メイクがまったくプラスに働いていない。これだけ塗って……と、まじまじ見てしまう。
「何見てるのよ」
軽く叩かれて我に返る。失礼な態度を取ってしまったと反省する。しかし女性は嬉しそうだ。凝視を別の意味に取ったらしい。
「今日ちょっと頑張ったの。いつもと違うでしょ」
どうやら本人はこのメイクで成功だと思っているらしい。
「あ、ねえ、体調悪いんですって? 大丈夫?」
急に心配そうな表情になって見上げてくる。
「あ、大丈夫……ではないです」
曖昧に答える。
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