第90話

「あと聞いた? 村井チームの川崎。レオンちゃんとうまくいきそうとか言ってたけど、結局勘違いだったってね。まあそうだと思ったよ。ピークは過ぎたとはいえ、まだそれなりの売れっ子なのにさ、川崎ていどで相手にされるわけないじゃん。あんまり本人が真剣に言うから信じかけたけど、そんなわけないよね」

 ――何、こいつ。

 安治は返事をするのをやめた。それでも男性は一人で楽しそうにしゃべり続ける。

「そりゃ、俺はキララとうまくいったよ? でもそれって、誰にでも当てはまることじゃないじゃん。別に俺が人一倍魅力的だったってことでもなくてさ、まあ若いときの話だから、少しはよく見えたのかもしれないけど……要は運がよかったんだよ。それだけだよ。物事にはタイミングってあるじゃん。たまたまうまくいったってことさね」

 たまたまを強調しつつ、明らかに自慢している。同じテーブルに座っている人たちの表情が視界に入った。視線を合わせないようにしながら、こっそりと皮肉な笑いを浮かべている。

「ねえ、戸田山っているじゃん」

「え」

 思わず反応してしまう。戸田山というのは、あの戸田山だろうか、みち子の部下の。今のところ、この男性よりはずっとまともな印象を持っている。どんな悪口を言うつもりなのか。

「また試験に落ちたらしいよ。熱心に勉強してたのに、気の毒だよねえ。ああいうの見ちゃうと、若いうちからエリート扱いされる人も可哀想だなって思うよね。だって編入組のみち子班長のほうが出世が早いんだからさ。どんな気持ちだろうね、後から入ってきた人にこき使われるって」

「…………」

 思わず眉間に力が入るのを安治は感じた。

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