第88話
『みち子姐の指令が入った。プリンを調達しに行ってくる。2~30分で戻る。カウンターから見える範囲にいてくれ』
「あー、はい」
文章相手に頷く。内容はいまいちわからないが、大変だな……と何となく同情する。プリンが何かの暗号でないなら、上司に私的な雑用を頼まれたということだろう。
――パワハラ。
ソトの言葉を呟く。多分、ここにはそんな言葉はない。少なくともみち子はそういうことを気にするタイプではない気がする。
カウンターの向かいは閲覧スペースになっていた。大きなテーブルに二〇脚ほどの椅子があり、三人座っている。囲んでいるのは雑誌と文庫、漫画の棚だ。
安治はまっすぐ漫画の棚に行く。並べられているのは比較的最近のものが多かった。ありがたい。適当に一冊取り、一番近い席に座る。
――これなら何時間でもいられる。
敷地内にはいろいろな施設があると言っていた。それがなくてもここだけで十分だと思う。スマホを除けば、一番好きな娯楽は漫画なのだから。
ふと他の人を見れば手元にドリンクのカップを置いている。どこかにあるのかと見れば、カウンターの向こうに食堂と同じようなドリンクバーがあった。
当然ここも無料で利用できるのだろう――とは思ったが、取りに行くのを躊躇う。お金のやり取りが存在しないという話をまだ信じ切れていない。お金の代わりに何かしらの対価や手続きが必要な可能性もある。迂闊に行って注意されても恥ずかしい。とりあえずたま子が戻るのを待つとしよう。
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