第87話
――『嫁に行く』とか。
安治は苦々しく思う。今どき、世間ではその表現すら問題視されかねない。母が言うそれは「結婚する」とは意味が違う。母が納得するような「立派な家柄」に「嫁ぐ」という意味なのだ。
――時代遅れだ。
今どき、夫一人の収入では、家を買って専業主婦の妻と子どもを不自由なく養うなんてことはできない。できる人間はほんの一握りだろう。
母の時代は、まあいたのだろうが。それがそのまま現代でも通用すると思い込んでいる。何年、何十年経っても、一向に情報のアップデートがされない。
――本当に馬鹿だ。
胸の内で吐き捨てる。そこまで考えて、どうして母親のことを思い出したのかに気がついた。
大学を出ていようと中退だろうと、このマチでは関係ないからだ。
そもそも安治の記憶は安治のものではないのだけれど。今までの経験や常識は、安治にとって関係のないものなのだけれど。母親も実は会ったことのない人なのだけれど。
――中退しても関係なかったよ。
そう言ってやりたい。
「目的地デス」
「はい」
返事をしてエレベーターを降りる。
図書室は通りを挟んだ正面にあった。
両開きのガラス扉を通過したところで、そこがかなり広いことに気づく。大学の図書館と同じくらいはあるだろう。
たま子にはどの辺にいるとも聞いていない。探し回るのも大変だと端末を取り出したところで、テキストメッセージが入っているのに気がついた。
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