第85話
原因はおそらく目だ。感情を感じられなかった。むしろ生きている感じがしなかった。
――魚なんてそんなもんだろ。
冷静な自分に突っ込まれる。犬や猫並に表情の豊かな魚なんてものがいたら嫌だ。鮮魚売り場に並ぶサンマやイワシが皆、思い思いに無念そうな表情を浮かべていたりしたら。
――実際どうなんだろう。
実はあれは苦悶の表情なんだろうか。魚にそれほど高い知能があるとは思わないが、自分が罠にかかって殺されることくらいは理解して死んでいくはずだ。恨めしくないはずはない。そうなら表情筋がないせいで表情には出せないまでも、罠にかけた人間を呪いつつ息絶えたのがあの姿なのではないか――想像し出すと恐ろしくなる。
安治はふと、あの黄色いカッパが無表情のまま鮮魚売り場のショーケースに横たえられているところを想像した。ショーケースというより棺だ。
――まずそう。
何となく、クラゲみたいな食感だろうという気がする。ぶよぶよするだけで味も栄養もないに違いない。
バスタオルを洗濯機に持って行きながら更に考える。
だいたいあの河童は、何のために作られたのだろう。カエルの肉は食べられるという。あれはカエルを大きくした感じだった。もしや、食用――?
気持ち悪くなってしまった。冷蔵庫にあった炭酸水をコップ一杯飲み、落ち着いたところで玄関に向かう。
ドアを押す。外側に開いた。そこにはもう水はなく、以前の通りどこまでも明るい無機質な通路が広がっていた。
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