第84話

 それは実際、カエルではなかった。顔はカエルに似ているが、二本脚で直立している。分厚いビニールのようなぬめっとした肌、ふっくらしたおなか、貧弱な手足。

 ――河童だ。

 安治はそう思った。頭の皿や背中の甲羅はない。もちろん今までに河童を見た経験はない。それでもそれは河童なのだと確信した。

 黄色い河童は大きな口をだらしなく開け、どこを見ているのかわからない瞳でドアのほうを――つまり安治のほうを――呆然と見ていた。

 安治は判断に迷い、咄嗟には動けなかった。

 河童の細い喉が震えるように動いた。そして口から、

「クワッ」

 という声が出た。

 何を考える暇もなく、安治は反射的にその生き物を廊下に放り出した。勢いよくドアを閉める。

 鳥肌が立っていた。よくわからないけど、異様に気味が悪い。

 肌の感触はやはりぬめっとしていた。湿り気と柔らかい感触が手に残り、それも怖気を誘った。前もって玄関に用意しておいたバスタオルで拭う。

 そこで自分は濡れていないことに気づいた。

 たま子に聞いた通りではあるが、やはり経験してみないと実感はわかないものだ。不思議に思うと同時に、不思議だけどこれが現実なんだと納得する。最初から濡れなかったのか、濡れたものの水から出た瞬間に乾いたのかすら、さっぱりわからない。

 ――クワッ。

 ぶるっと一つ身震いする。

 安治はカエルもヘビも大の苦手というわけではない。素手で触るのは遠慮したいが、見るだけなら可愛いとも思う。先ほどの河童も、見た目だけなら可愛かったように思う。

 なのに何だ、あの不気味さは。

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