第83話

 龍の存在に気がついたのは、すでに間近に迫ってからだった。巨大な蛇と思ったのがそうだった。

 そうと気づいた瞬間、全身に鳥肌が立った。

 ――うわー!

 圧倒されて胸中で叫ぶ。

 通路の真ん中を優雅に泳ぐ様は、神々しいとしか言い様がない。想像していたのと違い、頭は小さく滑らかで、全身を覆うのは白銀の鱗、それが光の加減でところどころピンクに輝く、どこか女性的な雰囲気の細長い龍だった。

 想像通りなのは、二本の角と獣めいた小さな手足がついている点だ。黒く澄んだ瞳は牛のように優しい。

 龍は安治がいるのに気づいてわざとゆっくり泳いだように思えた。目が合った瞬間、微笑まれた気がして安治はドキッとした。

 ――きれいだなー……。

 長い尾には天女の羽衣を連想させる半透明のひらひらがついていた。優美でどこか艶っぽい。

 存在感を印象づける良い匂いもした。お香のような、植物めいた華やかな香りだ。龍が通り過ぎた後もしばらくは残り香が鼻をくすぐった。

 陶然と見送っていた安治は、その香りが薄れる頃にようやく我に返った。行列は先の暗がりに吸い込まれ、僅かな魚影も見えない。

 両腕をばたつかせて体の向きを変えると、壁を蹴って自分の部屋に戻った。空気中に出た途端、重力がのしかかってくる。

「いたた……」

 頭から飛び出てしまったので、玄関に転がり落ちる羽目になった。

 どうにか頭を上げたところで、正面におかしなものを見た。黄色い、大きなおもちゃの人形が玄関を上がったところに立っている。

 ――どこかで見覚えが――?

 はっとした。龍が通る前に見たカエルだ。

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