第76話

 行ってみるとすぐにわかった。寝室の壁際に置かれたハンガーラックに数枚の上着が吊るされている。

 どれも見覚えがないのは当然として、記憶にある自分の好みと違うのに違和感を持つ。一番手前にあったのは生成り色のロングカーディガンだ。こんな色や素材は着るはずがない……と思いつつ探ると、はたしてそこに目指すものがあった。

 これではいかにも前日着ていて、脱いだ際にポケットから出すのを忘れました――という雰囲気ではないか。あからさますぎてわざとらしい。

 ――演出だったりして。

 昨日、確かに自分はここに存在した――と思わせるための。

 ――そんなことをする理由がないか。

 皆で口裏を合わせて安治を騙したところで、何のメリットがあるとも思えない。

 ――いや。

 そういう実験なのかもしれない。今朝生まれたばかりのクローンに、お前は昨日まで二一年間ごく当たり前に生活してきたのだと信じ込ませる――。

 疑おうと思えば疑える。フェミニンなカーディガン、柄の入ったポップなパーカー、デニムのジャケット、バイク乗りが着そうないかつい革ジャン……。

 ――どれも自分だったら買わない。

 思わず眉間に皺が寄るほどだ。これは本当に自分のなのだろうか? 記憶が違うからと言って、好みがこれほど変わるものだろうか。

 考えてはっとする。

 ここにはのだと聞いた。ならばわけではない――のだろう。

 買わずにどうやって手に入れるのか、安治には想像がつかない。でもきっと、そういうことなのだ。お金を払って買うわけではないから自分の好みでは選べない、もしくはいろんなデザインを試してみようという冒険心が生まれた結果、このセレクトになったのだろう。

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