第75話

 そもそも今は、開かなかったらという心配ではないのかもしれない。これが他人の家で、出てきた住人に怪訝な顔をされたら、という恐怖なのかもしれない――。

 そんな無為なことをだらだら考えるうちに、いつの間にか手が触れていた。

 下部のランプが明滅し、当たり前のように何の抵抗もなく開く。

 ――心配して損をした。

 肩を落としつつ、この思考の繰り返しも人生で何度目だろうと思う。

 いつも心配をして、そのたび損をしているのだ。いい加減、進歩できないものか。

 できないのだ。残念ながら、それも今までの反復でわかっている。

 本当に――馬鹿だ。

 自室のドアを開けるというだけで無駄に精神を消耗しつつ、玄関に入ったところでふと壁に目が行った。そこに小さなプレートが貼られているのに初めて気がついた。

 「オイコノモス:シャーリー・オータム」とだけ書かれている。すべてカタカナの字体はエレベーターで見るのと一緒だ。ぴんと来た。

「シャーリー・オータム」

 そこに誰かがいるように室内に呼びかける。

「はい」

 エレベーターとは少し違う、男性と女性を合わせたようなやや低めの声が天井の照明の辺りから返ってきた。

 ――やっぱり。

「あの、俺のス……じゃない、えーと何だっけ……あ、端末。端末どこにあるか、知ってる?」

「上着のポケットにございます」

「上着?」

「寝室のハンガーにかかっています」

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