第69話

 安治ははっとして自分の身体を触った。そういえばまだ目覚めてから自分の全身を見ていない。ひょっとして……。

「お前は普通の人間だぞ」

 軽い口調でたま子が教える。

「見た目はな」

「え、でも、研究所産て……」

「まあ、生まれ方が普通じゃないな。お前には普通の意味での両親はいない」

「両親がいない?」

「クローンだからな」

 もったいつけるでもなく強調するでもなく、ごく当たり前の口調で言われた。

「え……誰の?」

 衝撃を受けつつ、安治は訊いた。たま子は怪訝な顔をした。

「誰の? 気になるか?」

「なるよ。だって……俺と同じ人がいるってことでしょ?」

「うん? さあ。お前と同じ顔なんて見たことないけどな」

「え、じゃあ、なんでクローン?」

「なんでってなんだ。クローンを作る実験で作られたってことだろ」

「あ――そういう」

 複製したい人物がいたから複製した――というわけではなく、クローンを作るための実験での産物なのか。

「じゃあ、オリジナルの俺も大したことがない人ってこと?」

「さあな。その当時にいたドクターとかじゃないのか」

「あの、俺って何歳?」

「二一だろ。自分の齢を他人ひとに訊くなよ」

「生まれたのは二一年前?」

「ああ、うん」

 質問の意図を理解してたま子が頷く。

「そうだ。成長速度は普通の人間と同じだ」

「今日生まれたわけじゃないんだね?」


 ひょっとしたら、今朝目覚めた瞬間が誕生の瞬間だったのではないか。


 安治の中にそんな疑いが浮かんでいた。

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