第66話

 たま子はカウンターに近づくと、慣れた様子でカップを取り、大型のコーヒーマシンを操作してカフェラテを作った。人工甘味料とシナモンを加えてかき混ぜながら安治を目で促す。

「いいの?」

「何でも」

 後ろに人の気配があった。待っているのかもしれないと焦り、適当にブレンドコーヒーのボタンを押す。

「いるか?」

 たま子は小さな引き出しを開けて個包装のクッキーやドーナツを物色していた。一枚入りの大きなチョコチップクッキーを取ったのを見て、同じのを選ぶ。

 二人は窓際のテーブルに向かった。

「あの、支払いって――」

 腰を下ろす前、椅子を引いた時点で切り出す。

「うん?」

 先に座ったたま子は対照的に、のんびりと目を上げた。

「どうすんの? 俺、お金持ってないよ」

「ほほう」

 たま子は面白そうににやっと笑った。

「本当に、一回一回カネを払うのか」

「うん? 本当って?」

「ドラマやアニメでよく見るからな。何をするにもカネを払うだろう」

「え? うん」

「自販機で飲み物を出すのにもカネ、コンビニでパンをもらうのにもカネ、電車に乗るのもカネ。まるでカネがないと何もできない」

「そう――だよ」

 当たり前だ。

「ここじゃそれが普通じゃないわけ?」

「ああ」

 たま子はカフェラテに口をつけながら、こくこく頷いた。

「ここにはカネはない」

「は?」

 ――さすがに嘘だ。

「何言ってんの。ないってことはないでしょ」

「ないんだよ」

 安治の疑いに気がついて、たま子は真面目な表情を作った。

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