第64話



「言うなよ。敵を作るだけだぞ。最悪、殺されかねない」

 大げさな、と笑いかけた安治を睨みつけて低く囁く。

「言い忘れてた。というより、今気づいたんだが」

「何?」

「あのな、ここはお前の記憶にある世界よりずっと治安が悪いんだ。何せ、国じゃない。政府もないし法律もない。そしてお前はボクたちと同じ人間でもない。お前が殺されたところで加害者は罪には問われないし、大した制裁も受けない。だから自衛するしかないんだ。揉め事は避けろ。みすみす火種をまくな」

「…………」

 安治はとっさに言葉を返せなかった。その間にたま子は背を向け、奥にあるカウンターへと向かった。

 慌てて追いかけながら言われた言葉を反芻する。

 ――お前はボクたちと同じ人間でもない。

 研究室で所長たちも言っていた。お前はここで作られた生命体なのだと。

 そのときはぴんと来なかった。そう言われたところで、自分と他の人が違うようには思えなかったからだ。自分はふつうの人間だ。それは当たり前すぎて、疑う余地すらなかった。

「よう、安治」

 通りかかった背の高い女性に声をかけられた。いや、女性ではない。髪が長く水色のワンピースを着て濃いめの化粧をしているが、その顔と声は男性だ。女装していない同じ年頃の男性を連れている。

 知り合いだろうか。いたって気さくに話しかけてくる。

「大丈夫か? 実験の途中で倒れたんだって?」

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