第62話
「じゃあ、車ってないの?」
「あるぞ。トラックは多いな。物を運搬するのに」
「ああ、そうだよね」
「でも環境に悪いからな。それより大八車とか……あとは馬や牛だな」
「……本当に?」
研究所はこんなにハイテクなのに……。冗談なのかと顔を見るも、いたって真顔で判断がつかない。
「まあ、最近は少なくなったけどな。前は子どもの遠足には牛が同行したんだ」
「え。疲れたら乗れるとか?」
「ああ」
「いいじゃん」
安治の脳裏に、緑豊かな田舎道をはしゃぐ子どもたちに囲まれて牛が歩くのどかな光景が浮かぶ。自分も子どもなら乗りたいに違いない。
「ただ、山のほうに遠足に行ったときにな、山賊に牛を奪われる事件があったんだ。それで牛を連れてるほうが危ないってことになって、今はあんまりらしい」
――山賊?
「それは、冗談だよね?」
「何でだよ」
「目的地デス」
チンと鳴って扉が開いた。出たのは割と広い通路で、左右と正面に道が延びている。
右手に「大食堂」と看板を掲げた大きな部屋があった。透明な扉の向こうにはテーブルがずらっと並んでおり、まばらに座る人影が見える。
大学のカフェテリアを思い出す。フリーWi-Fiが設置されていたのでついゲームをしたりと、行けば必要以上に長居をしてしまったものだ。
「あ、ねえ、Wi-Fiってある?」
思いついて訊く。この何気ない質問に、たま子は今までで一番冷ややかな視線を向けた。
「そんなものは存在しない」
言い捨てて大食堂に入っていくのを、安治は慌てて追った。
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