第59話

「まあ、今まではありえない話だけどな。侍童候補生と研究所産なんて」

「あ、それ。さっきも聞いたけど、何それ。ジドウ候補生?」

「ああ。侍童。と、侍童候補生。……そうだな、このマチのトップの側近だ。本社の幹部だ。若いうちから目をかけられた、優秀で美しい娘しかなれない」

 安治は首を傾げる。優秀はわかるが、

「美しい娘しかなれない……?」

 それはけっこうな差別ではないのか。しかしたま子は重々しく頷いた。

「美人とくたびれたおっさん、どっちの言うことを聞きたい?」

「……そりゃ」

 とだけ言って、安治は答えるのを躊躇う。やはり差別的な気がする。たま子は首を振った。

「人には感情がある。同じことを言ってるなら、美人のほうに耳を傾けたくなるだろ。理屈じゃない、本能だ」

「うーん……」

 渋々頷く。実際のところ、その通りだと思ったが、すぐに頷くのには抵抗があった。話が続く前に話題を変える。

「側近って、秘書みたいなもの?」

 おりょう本人がそう言っていたのを思い出す。たま子は一瞬、

「秘書?」

 と首を捻ったが、

「まあそうかもな」

 と頷いた。

 ――ん。

 不意に安治は気づいた。いや、気づいたのは初めて会った瞬間だろう。それを理性が今まで、認識するのを食い止めていたに違いない。たま子は――巨乳だ。なぜかこの瞬間、男物のシャツに隠されたしっかりした膨らみに目が吸い寄せられてしまった。

 悟られる前に慌てて視線を逸らす。

 ――何も気づいてない、何も気づいてない……。

「でも秘書って言ってもな、一生それで終わるわけじゃない。選りすぐりの人材だからな。その後がある」

「わかるよ、政治家の秘書だった人が、いずれ自分が出馬して政治家になるみたいなことでしょ」

 急にたま子が立ち止まった。見れば表情を硬くしている。何かまずいことを言ってしまったようだ。

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