第55話

「きっと、あなたの記憶にあるのとここの生活とじゃ、いろんなことがだいぶ違うんじゃない?」

「まあ、そうですね。――エレベーターとか」

「そうよね。一人で敷地内を移動させるのも心配だわ。だから」

 所長は目でたま子を示した。安治が振り向くと、たま子は無表情のまま片手を上げて敬礼の真似をしてみせた。

「今日はあの子が付き合ってくれるから。わからないことがあったら何でも訊いて」

「あ――そうなんですね。おりょうちゃんが案内してくれるわけじゃないんだ。忙しいんですか?」

「当たり前でしょ」

 何気ない質問にみち子が噛みついた。所長は苦笑いをする。

「ええ、忙しいの。何て言ったらいいのかしら……あの子は、本社の幹部候補なのよ」

「え」

「正確には候補候補よね」

「そうね。正直、こんなことになって、昇進に響かないか心配だけど」

「こんなこと?」

 恋人が記憶喪失になったこと、だろうか?

「あんたと恋仲になったことよ」

 みち子の口調は冷たい。責める目で続ける。

侍童じどう候補生が研究所産と恋仲なんて……信じられないような話よ」

「やめなさい。――気にしなくていいわ。今のあなたが気に病むことでもないから。あの子の意志があってのことなんだし」

 そう言う所長も、今さっき否定的な物言いをした。それが本心であり、ここにいる人たちの共通認識なのだろう。

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