第54話
確か、おりょうはみち子を班長と呼んだ。戸田山のことは戸田山さんだったな――と安治は人間関係を推測する。着ている白衣に違いはないので、見た目では上下関係がわからない。
「念のため訊くけど――何か思い出した?」
茶色い睫毛で囲われたぱっちりした瞳で訊いてくる。期待と諦めが半々の気色だ。
「いえ――何にも」
正直に答える。
みち子が溜め息をつくのに重ねて、
「仕方ないわよね」
と所長が言った。所長は白髪交じりで小太りの男性である。声の成分にはみち子よりもずっと母性が含まれている。
「はあ、思い出すことが、あるんでしょうか……」
気弱に呟く。
少し離れたところに立ったままのたま子がぶっと吹いた。慌てて口を押さえ、横にいる戸田山に何か言う。
部屋に来た際、戸田山も同じ反応だったなと思い出す。そんなに自分の話し方は以前の自分と比べて違和感があるのだろうか。
「……敬語使えたんだな……」
笑いを堪えながらの会話が断片的に耳に届いた。
所長は外野の声を無視して続ける。
「前例がないことだから、私たちにも予想ができないの。ごめんなさいね。どちらかというと、思い出そうとするよりも、これから覚えていくほうに焦点を合わせてもらいたいわ」
「はあ、思い出さなくていいんですか?」
「できないことをしろなんて言わないわよ」
投げ遣りな口調はみち子だ。
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