第53話
「たま子くん、さっき説明したけど――」
戸田山が窘める途中で、たま子ははっとする。
「そうか、記憶がないんだったな。すまない」
部屋に誘導しつつ戸田山がフォローを入れる。
「彼女――たま子くんは君と仲が良かったんだよ。齢も近いし、話しやすいと思うから、今後も」
「あ、はい」
友人だから遠慮がないのか、と理解してほっとする。てっきり怖い人かと思った。
――戸田山とはどういう……?
ちらと横顔を見る。もちろん、思い出すことは何もない。年齢は三〇くらいだろうか、眼鏡以外に特徴の乏しい、でも何だかすごく白衣の似合う人物だ。「若い医者」として図鑑の挿絵に載っていそうな。
通されたのは、天井まで届く棚がいくつも置かれている中に個人用のデスクが二、三と会議用の長机がぎゅうぎゅうに押し込まれている、圧迫感のある部屋だった。
入って右手の個人用デスクにみち子がいた。デスクの中央にはパソコンがあり、その周りに積み上げられた書類は今にも崩れそうになっている。
その傍らには所長が立っていた。軽くデスクに腰をかけ、片手にコーヒーのカップを持っている。話をしていた二人は安治が入ってきた瞬間、同時に顔を向けた。
「いらっしゃい。戸田山、コーヒー」
白衣の女性は雑な指示で安治を近くの椅子に座らせた。はいはい、と返事をした戸田山が室内にあるコーヒーメーカーから安治の分のコーヒーを注いで持って行くと「私のよ」と不満げな顔をした。戸田山はまた、はいはいと慣れた様子でコーヒーを淹れに行く。
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