第52話

「こんなむさ苦しいところにお運びいただいて恐縮です」

 男性がややにやけた口調で告げる。その声に聞き覚えがある気がした。顔は覚えていないが、さっき部屋に来たうちの一人かもしれない。

「用件はおわかりかと思いますが――」

 おりょうは男性のほうを見て言った。

「もちろん、心得ています。後はお任せください」

 調子の良い返事をする。どうも、おりょうと会話ができるのを喜んでいるようだ。

 おりょうは頷くと、安治に近寄った。

「戸田山さんとたま子さんです」

 と簡単に紹介する。

「うん、あの、さっき――」

「はい、いらしてました。お聞きの通り、後はお任せしますので、安治さんはお二人と一緒に行ってください」

「え。おりょうちゃんは?」

「私は本社に行ってきます。帰りは遅くなると思うので、食事は食堂で済ませてください」

「食堂? どこにあるの?」

「大丈夫です」

 たま子のほうを見て頭を下げる。たま子は任せろと言いたげに拳を胸に当てた。

 おりょうがエレベーターに戻っていく。その様子を二人は陶然と見送った。緩んだ口からは涎が垂れそうだ。

「きれいだなー……」

「いい脚だ……」

 閉まったドアを見つめながら溜め息混じりに感想を漏らす。

 しばらくして二人はようやく、残された安治に視線を向けた。

「なんでこいつが姫と付き合えるんだ。理不尽の限界を超えてるだろ」

 たま子は一転して怪訝な表情で言った。口調にふさわしく声も低い。

 非難されているのを悟って、安治は縮こまる。

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