第42話

 ――それはともかく。

「わかんないことがあれば、おりょうちゃんに聞けばいいもんね」

 わざと甘えてみせたつもりだった。しかし思うように笑顔が作れず、中途半端な情けない表情になってしまった。

 正直、今朝会ったばかりの人を恋人だとは思えない。まず「この人はあなたの恋人です」と他人から教えられる状況が異常だ。そんなことを言われれば無条件に反発したくもなる。

 そんな葛藤を抑えての歩み寄りのポーズだった。

 計算空しく、別のことを考えていたらしいおりょうは安治の言葉を受け流した。冷静に続ける。

「それに、安治さん、お仕事がありますから。それほど暇でもないと思いますよ」

 ぎょっとした。

「し、仕事?」

 驚く安治におりょうは驚く。

「はい、もちろん」

 ――もちろん。

 言われれば当然だ。親元にいるのでもなく、学生でもなく、子どもの年齢でもない。恋人もいるくらいだから自活していて当たり前だろう。

 問題は、記憶をなくした今でも同じ仕事ができるのかだ。

「えっと、俺、何やってたの?」

「さあ。存じ上げません」

「え、知らないの?」

 おりょうは少し困ったような顔をした。

「何分、お付き合いを始めたのが昨日ですから……実は知らないことが多いんです」

 ――そうだった。

 同い年なのにおりょうが敬語なのもそのせいだろう。まだくだけた関係ではないのだ。

「でも、今の状態でもできるお仕事を用意すると、さっきいらした所長が仰ってましたので。とりあえず所長とみち子班長のところにいらしてください」

「ああ、うん……」

 さっき会った人たちか。

 行くしかないだろう。他に選択肢はない。

 決心して頷く。

 その口からは意識せず、溜め息がこぼれていた。

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